ケ・セラセラ

6月9日(ロックの日)に95歳で祖父が他界しました。

私が「危篤」の知らせを受けて病院に行ったのは亡くなる2週間前。
おじいちゃんは「狼少年か?」ってくらい、「倒れた」ってメールがきて駆けつけても、
病院のベッドで「よくきた、よくきた」なんて呑気だったりするので、
母から「今こないと間に合わないかも」ってメールが来たものの、どうにも信憑性が薄い。

以前入院したときは「看護婦さんの恋愛相談乗ってるんだよ~」とか自慢げに言ってたし、
次に倒れた時は「お寿司とカレーが出てきて「どうやって食べるんだ!」と思ったら、
そこから記憶がないんだよ~」っていうし、たいてい、拍子抜けの結果に終わる。

今回も会社の人に「危篤なんです」と言って帰らせてもらったのに、
またヘッチャラなんじゃなかろうか、と思っていたのですが、
今回はさすがに呼吸器をつけて、話せない状態でした。

でも、私は「あ、おじいちゃん、諦めてないや。大丈夫だ」と思ってしまって。
生きる気力がみなぎっているっていうか、死を覚悟している人には見えなかった。

それから、少しだけでしたが、病院通い。
行くとたいてい従兄弟たち、叔父やおば、うちの家族、遠縁の親戚まで、
いつ病室に行っても誰かいる状態で
「おじいちゃん、休む暇ないんじゃ?」ってくらい大盛り上がり。
タイから従兄弟も帰ってくるし、「盆と正月が一緒に来るってこういうこと?」ってくらい、
毎日のように誰かに会えて、私も楽しくなってしまう日々でした。

私の父方の祖父は、もう7年くらい前に亡くなっていて、
そのときは「なんでもっといろいろ話さなかったんだろう」「何もお返ししてない」って
後悔ばかりで、本当に辛くて号泣するような葬儀でした。

それから毎年、敬老の日は、おじいちゃんおばあちゃんに
美味しいものを食べてもらおうということで、お食事会を弟と開催するようにしました。

だからなのか、今回は「おじいちゃんとはたくさん思い出があるし、いっぱい楽しかったし、
だから、天国でまた会う日まで、ちょっとお別れでも仕方ないや」って思えて。

おじいちゃんはいつも「ヨウちゃん、おじいちゃんはね、神様は自然の中にいると思うんだよ。
だからケセラセラで、ながれのままに生きればいいんだよ」といってました。

私のことを「かわいい」じゃなくて「かっこいい」って褒めてくれるおじいちゃんでした。

お芝居も見に来てくれたし、お芝居の話をすると「ヨウちゃんが好きで始めたことなんだから、
絶対にやめちゃダメだよ。結婚なんてしなくていいんだからね(←励まし?)」って
ほかの誰とも違う、常に孫を肯定してくれる人でした。

おじいちゃんの部屋には短歌が飾ってあって、
ひとつにあった「孫6人 並べて妻の ひな祭り」の歌が印象的。
葬儀のときに、ふとそれを思い出したら、従兄弟たちも覚えてた。

亡くなったのは朝だったので、始発を待って、ノンビリ病院へ。
先についていた弟に「遅いから、おじいちゃん、ミイラになっちゃったよ!」と
のっけから、ブラックユーモアを飛ばされる。笑

おじいちゃん、なかなかにハンサムな状態で、ほっとしました。
弟のお嫁さんは頬に触って「きもちいい。。。」って。笑

お通夜も告別式も、大勢集まって、大騒ぎでした。
おじいちゃんの位牌は、私がお食事会のときに撮った、ご機嫌な笑顔の写真。
一緒にお豆腐料理食べて、楽しかったなぁ。いっぱい写真撮っておいて、良かった!

告別式では、お花や写真、みんながそれぞれに書いた手紙(私は俳句を書いてみました)
大好きだったショートケーキ、コカ・コーラが並んで、
「いったい、いくつの人が亡くなったんだ?」って状態。
「コーラ飲ませたい」ということで、斎場の人が用意してくれた葉っぱでクチに含ませました。
唇が濡れて、なんだか、ますます健康的な感じに!
おじいちゃんの娘たちと、孫たちは、順番におじいちゃんの額にキッスして最期のお別れ。

火葬のあと、おじいちゃんの骨を骨壷に。
最後に「メガネを入れさせていただきます」とコチラを向けて愛用のめがねを入れたら・・・

「おじいちゃん!!!!!」

火葬場で親族爆笑。笑

まさに「メガネは顔の一部」が立証された瞬間。
最後の最後まで笑わせてくれるおじいちゃん(B型)でした。

「身内に不幸があって」という言葉がとことん似合わない、おじいちゃんの葬儀。
いっぱい遊んで、いっぱい愛してくれて、みんなに愛された人でした。
おじいちゃん、また会いましょう!!!!
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4/1、おじいちゃん95歳のお誕生日。今年の抱負を語る。「ケ・セラセラ」
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by oko50525 | 2011-06-23 12:23 | 日常のこと